中国製アプリはなぜ排除しなければならないか
また、オーストラリアも同様の措置を検討中であり、日本でも自民党のルール形成戦略議連が政府に禁止するよう法整備を訴えたと報道されている。
また、米国では、マイク・ポンペオ米国務長官は、7月6日、米国の国家安全保障と米国人の情報が中国共産党の手に渡ることからの保護を理由に挙げたうえで、米国が動画投稿アプリ、ティックトック(TikTok)を含む中国のアプリの禁止を検討していることを明らかにした。
そして8月6日、ドナルド・トランプ米大統領は、米企業や米国人が中国の「ティックトック」とメッセージアプリ「WeChat(ウィーチャット)」(中国版LINE)を、発令(8月6日)の45日後に禁止するとする行政命令(Executive Order)(マスメディアは大統領令と呼んでいる)を発出した。
「情報通信機器および技術」を巡る米中対立は、ますます厳しくなっている。
米国は、中国製の電気通信機器にはバックドアが仕込まれている可能性があるとして、ファーウェイなど中国の電気通信機器メーカーの製品を米国市場から排除した。
今回は、中国企業が運営するアプリを市場から排除しようとしている。
本稿のテーマは、なぜ中国のアプリは米国等から排除されなければならないのか、である。
以下、初めに中国のアプリを使用した場合のリスクについて述べ、次に米国、インドなどの国から中国のアプリが排除される理由を述べる。
最後に、中国企業が政府からのデータ提出要求を拒否することができない理由について述べる。
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1.中国アプリを使用した場合のリスク
(1)スマホには、大量の利用者情報(個人情報やプライバシー情報を含む)が保存されている。
スマホは、小さなパソコンと従来の携帯電話の両方の機能を有している。そして、利用者が使いたいアプリを自由にインストールして利用することができる。
使い道は個々人・世代によって大きく異なる。
若年層であればSNSや動画視聴、ゲームに多くの時間を割く傾向にある。また、30歳代から50歳代にかけてはネット検索やショッピング、バンキングなどの消費活動、高齢層であれば携帯電話の延長で通話やメールなどのコミュニケーションに使われることが多い。
また、全年代で共通するのはカメラの使用であろう。
スマホの位置情報をオンにした状態で撮影した写真のファイルには、どこでいつ撮影した写真かという位置情報が記録されている。
これをSNSなどに投稿すると、自分の行動や撮影場所が自宅だった場合に自宅のおおよその位置情報が明らかとなる。
このように様々な用途に使用されるスマホには多種多様なアプリが使われており、そのため広範・多岐にわたる大量の利用者情報が保存されている。
スマホに保存された大量の利用者情報は、ビックデータの主要な構成部分となる。
(2)ビックデータの活用
ビッグデータとは、スマホやインターネットを通した位置情報・行動履歴や、ホームページやテレビの閲覧・視聴に関する情報などから得られる膨大なデータを指す。
また、IT技術の進化により、膨大なデータをこれまでに比べると格段に低コストかつ高速で、保存・管理・分析・共有・活用できる環境が整った。
さらに、AIの中でも特に機械学習やディープラーニングの発展により、従来なら不可能であった膨大なデータの管理や解析が可能になってきた。
ビジネスの分野においては、「ビッグデータ」とAIの活用により新たな価値が生み出されている。
(3)インテリジェンス分野によるビックデータの活用方法
ここで、インテリジェンス分野によるビックデータの活用方法を紹介する。
次の2件は、かつて米国・国防高等研究計画局(DARPA)が開発しようとしたが途中で中止となった興味あるプログラムである。
これらのプログラムは政府機関では中止されたが、そのアイデアは民間に引き継がれている。また、今日、米国をはじめ各国のインテリジェンス機関や法執行機関が、これらのプログラムに類似した、さらに高度なプログラムを実行しているものと推測される。
�.薀ぅ侫蹈亜�Life Log)プログラム
DARPAの計画では、個人の生活で把握可能なあらゆる要素を収集し、データベースに保存し、それらを連結して脈絡を与え、関係や出来事、経験をたどる。
そのため、送受信した電子メール、撮影した写真、閲覧したウエブページ、通話、視聴したテレビ番組、読んだ雑誌などあらゆる行動を一つの巨大なデータベースに取り込み、個人の生活における『脈絡』を追跡する。
それにより、日課、人間関係、習慣など、個人に特有の行動パターンが得られれば、集団の中から個人を特定したり、その個人を監視したりすることが容易になるという。
しかし、2003年5月にこのプログラムが公表された途端に猛烈な批判を招き、2004年1月末に中止された。
�∩款霾麈�知システム(Total Information Awareness System:TIA)
DARPAが開発していたテロリストの情報につながる痕跡を探知し、テロ発生前にそれらを解明しようとするデータ・マイニング・システムである。
具体的には、パスポート申請、ビザ、労働許可、運転免許、レンタカー利用記録、航空券の購買記録、逮捕歴、クレジットカードの履歴、学歴、医療や居住の記録などから、浮かび上がるパターンを見付け出し、テロリストによる攻撃を予想するというものであった。
2003年、米議会の反対により計画は中止された。
上記2件のDARPAのプログラムは、当時は個人のプライバシーを侵害するとして中止された。
しかし、2001年の 9.11同時多発テロを受けて、米国では個人のプライバシーより安全保障を優先し通信傍受の要件を大幅に緩和するようになった。
2008年7月に成立した「改正外国インテリジェンス監視法(FISA Amendments Act of 2008)」は、裁判所の令状なしで海外との電話・電子メールなどの傍受を合法化するものであった。
(4)結論
既述したようにスマホには大量の利用者情報が保存されている。それらに対してアプリの運用者がアクセスを行い、十分な説明がないまま利用者情報を取得し、外部へ送信している場合がある。
先進諸国では、個人情報およびプライバシー保護の観点から、アプリに保存された利用者情報へのアクセスやその利用については、法律やガイドラインにより厳しく規制が行われている。
他方、人権意識の低い中国においては、後述するように先進国のような規制は行われていないと思われる。
従って、スマホに保存されているあらゆる利用者情報は中国政府機関に流出していると推測され、中国政府はそれらの情報を政治目的に使用していると考えられる。
これが、中国のアプリを使用した場合のリスクである。
2.米印などで中国アプリが排除される理由
(1)中国の特異性
中国では、個人情報や「プライバシー権に係る情報」の保護等の取り扱いが、次のとおり諸外国とは違っている。
�|羚颪任歪命�傍受制度に関する法律が整備されていない。このため、あらゆる情報が法執行機関に流れていると思われる。
日、米、英、独、仏、加、伊などの先進諸国では、個人情報保護の観点から厳しい要件が規定された通信傍受の法制度が完備されており、その法律に基づき、法執行機関がアプリ運営者に対して情報提供を求めている。
中国において同様の法律が整備されているかどうかは不明である。あったとしても有名無実の法律であろう。
��中国にも、電気通信事業者を対象とした個人情報保護に関する規定があるが、アプリの運営者は、政府機関のデータ提出要求を拒否できないであろう。
中国においても、ネットにおける個人情報保護に関する規定が、「ネットワークにおける情報保護強化に関する全国人民代表大会常務委員会決定」と「電気通信およびインターネット利用者の個人情報保護に関する規定」の2つの文書によって定められている。
上記の2つの文書における個人情報保護に関する規定は、諸外国の規定とほぼ同じである。後者は、電気通信事業者に対していくつかの義務を課している。次にその一部を列挙する。
・利用者個人情報の収集・使用に関する規定を制定、公開すること
・利用者の同意を得ずに、利用者個人情報を収集・使用してはならないこと
・個人情報の収集・使用の目的、方法、範囲、情報の照会及び変更の方法、情報提供拒否の場合の結果等を利用者に明確に告知すること
・サービスの提供に必要な情報以外の利用者の個人情報を収集してはならないこと、情報をサービスの提供以外の目的で使用してはならないこと
上記のように、中国においても、利用者の同意を得ずに、利用者個人情報を収集・使用してはならず、かつ情報をサービスの提供以外の目的で使用してはならないことになっている。
ファーウェイの創業者兼CEO(最高経営責任者)である任正非(レン・ジェンフェイ)氏は、日本メディアとのインタビューにおいて、「仮に(顧客に不都合なデータを政府から)提出するようにとの要求があった時には、我々の価値観に忠実に行動する。価値観とは顧客の利益に忠実であり、利益に反することはやらないということ。これまでもそのような要求はないし、今後求められても拒絶するということだ」と述べている(日経ビジネス2019/1/18)。
しかし、中国共産党の一党独裁の中国において、政府機関の要求を拒否することは信じられない。
従って、電気通信事業者が収集した個人データすべてが、政府機関に流れているのは当然のことであろう。
�C羚颪任蓮▲咼奪哀如璽燭�ら収集した情報を主として反体制派の弾圧のために使用していると筆者は見ている。
どこの国も収集した情報をテロ対策などに活用している。しかし、中国の場合はテロ対策と反体制派の取締りの境界があいまいである。
このため収集した情報が主として反体制派の弾圧・人権侵害のために使用されていることは疑うべくもない。
(2)結論
上記の中国の特殊性から、インド、米国は、以下の理由により、中国のアプリを自国から排除しようとしている。
中国共産党の一党独裁の中国において、政府の要求を拒否することは信じられない。従って、電気通信事業者等が収集した個人データすべてが、中国共産党政権に集まってくることは当然のことである。
ありふれた情報であっても大量に集めれば価値が生まれるのである。それは、中国共産党政権に、「我(自国)」の弱点を知られることを意味する。
このため、中国と対立しているインドや米国は、中国のアプリの排除に熱心なのであろう。
また、中国は、反体制派(チベット自由運動、法輪功、ウイグル独立運動、香港民主化運動)の取締りのために情報を使用していることは疑う余地がない。
従って、多くの中国系の住民や中国からの政治亡命者抱えているインドや米国は、それらの人々を保護するために中国企業の運営するアプリを排除しようとするのであろう。
3.中国政府の要求を拒否できない理由
筆者は、中国共産党の一党独裁の中国において、政府の要求を拒否することは信じられないと既述したが、その根拠は、国家情報法と中国企業の内部統制機構の2つである。
(1)国家情報法
「法に基づく国家統治」を推進する習近平政権は、国家安全体制の強化に関しても法整備を重視し、反スパイ法(2014.11.1 施行)や国家安全法(2015.7.1 施行)、反テロリズム法(2016.1.1 施行)、サイバーセキュリティ法(2017.6.1 施行)などの新たな法律を多数制定してきた。
そのような一連の国家安全関連立法の一つとして、国の情報活動に関する基本方針とその実施体制、情報機関とその要員の職権等について定める国家情報法が2017年6月28日施行された。
同法では、「国民の義務」として、以下のことが規定されている。
�々駝韻帆反イ蓮∨,亡陲鼎い胴颪両霾鶻萋阿剖�力し、国の情報活動の秘密を守らなければならず、国は、そのような国民および組織を保護する(第7条)。
��国家情報活動機構(国家安全省、公安省および軍の中の情報部門を指す)は、国の関係規定に基づき、関係する個人および組織と協力関係を構築し、関連活動の実施を委託することができる(第12条)。
�9餡半霾鶻萋圧々修蓮∨,暴召ぞ霾鶻萋阿鮃圓Δ謀�たり、関係する機関、組織および国民に対し、必要な支持、援助および協力の提供を求めることができる(第14条)。
この国家情報法については、「中国の法人であれ個人であれ、国家が情報提供を命じたならば、中国当局に情報を開示しなければならないという法律である」との指摘もある。
しかし、筆者は、国家情報法の各規定は、基本的には中国における従来の情報活動を明文化したものであると考える。
この法律の施行が、国民の国家の情報活動への協力姿勢に大きく変化をもたらしたとは考え難い。筆者はそれよりも、次項で述べる中国企業の内部統制機構の方が、より影響が大きいと見ている。
(2)中国企業の内部統制機構
ア.全般
中国における国有企業の株式制の推進は、企業の内部統制機構にも変化をもたらした。
国営企業時代から続いていた「党委員会」(共産党委員会)、「職工代表大会」(従業員代表大会)、「工会」(労働組合)という中国独特の「老三会」が存続しながらも、株式制のもとでの「股東大会」(株主総会)、「董事会」(取締役会)、「監事会」(監査役会)という「新三会」が企業の内部統制機構に変わった。
これらの「新三会」の機能を見る限り、先進資本主義国の企業運営システムとは何の変わりがない。
一方の中国独特の「老三会」については、かつては国営企業時代の最高権力機構であった。企業における主人公は従業員とされ、従業員が企業に対して支配権を行使できる仕組みは「職工代表大会」と「工会」であった。
株式制の導入後、「職工代表大会」はほぼ従業員持ち株会に統合されたが、一方の「工会」については、企業は、労働組合設置を妨害および制限することができないとし、企業は労働組合設置の法的義務もないと規定されている。
「老三会」の中で最大のステークホルダーは「党委員会」と言える。
「党委員会」は、これまで企業内において党と国家の政策を貫徹させること、重要な意思決定に参与すること、思想・政治面での指導、工会等の組織の指導および利害調整といった重要な役割を果たしてきた。
従って、株式制の導入後も、企業末端組織に党組織を設置しなければならないという法的義務はないが、その重要性から「党委員会」を設置する企業が多い。(出典:城西国際大学 孫根志華著『中国国有企業の改革(1980〜2010年)』)
イ.企業内共産党組織の実態
トヨタ自動車の中国事業の有力パートナーである中国の大手自動車メーカー、中国第一汽車集団は、2016年4月、突如、会社の定款を変更し、「取締役会や経営会議が重大な決定や人事を決める際、社内の共産党委員会は、党としての意見や提案を経営側に提出する権利を持つ」という条文を付け加えた。
似たような動きは第一汽車だけでなく、中国の国有企業に広がっている。
党の関与を企業が率先して受け入れる不気味さ。それが問題視されないのはなぜか。
その答えは2016年末、支配する側の発言として飛び出した。
「国有企業の経営に対し、党の指導を強化する」。発言の主は、国有企業を管理する国有資産監督管理委員会の研究部門首脳、楚序平(56)氏である。
楚氏はさらに、経営トップの董事長(代表取締役)と党委トップの書記について「同一人物が務めるよう全面的に見直す」と続けた。
さて、中国企業には特有の組織がある。「党委」と呼ばれる中国共産党委員会だ。
組織率(共産党委員会構成メンバー/全従業員)は国有企業で9割超、民営企業でも5割超に上る。
党が政府さえも指導するお国柄では、党委が企業内の人事を含め、企業の意思決定を事実上左右する存在となっている。
共産党は、党員が3人以上いる組織に党委の設置を求めている。
ファーウェイなどの中国を代表する民間企業は軒並み党委を置く。日系企業を含め、外資にも党委は広がる。
習近平指導部は組織率「99.9%」を目指している。党委規約も「業務活動は指導しない」と、これまで経営に介入しないことが建前だった。
ところが、実際は党委トップの書記を経営首脳が兼ねることが多く、企業経営も党の影響を受ける。
国有企業なら経営陣の人事は党内人事に直結し、党支配はより強っている(出典:『中国共産党委員会 企業の意思決定を左右 独善の罠(3)』 2017/1/11日経新聞電子版)。
ちなみに、中国全体で約1300万社ある企業のうち、国有企業は2%に当たる約30万社。だが「2%の国有企業が中国経済の20%を動かす」とされ、中国経済の根幹はいまもなお国有企業が握ると言われる(出典:日経新聞2017/7/12)。
(3)結論
上記のように国有企業および民間企業に対する党支配はより強まっている。
中国共産党は民間企業にも「党委」を設立するよう求めているところから、どの企業が設立しているかは公表されていないが、一定以上の規模の会社ならば、政府との付き合いを考えれば「党委」を設立しているはずである。
また、通信機器大手ファーウェイのCEO任正非氏、ネット通販大手・アリババ集団の創業者馬雲(ジャック・マー)会長、大手IT企業テンセントのトップ、馬化騰(ポニー・マー)氏はいずれも共産党員である。
中国共産党一党支配の中国において、中国を代表するような企業のトップが党員にならないということは考えられない。
従って、中国では企業の規模にかかわらず、党の指導に従わないでいることは困難であろう。
このような状況下で、企業が政府のデータ提出要求を拒否することは筆者にはとても考えられない。
おわりに
8月7日、ポンペオ米国務長官は、信頼できない複数のベンダーから米国民のデータを守るとして、米国の通信ネットワークから中国企業を排除しようとする「クリーンネットワーク」構想を発表した。
そして、米国は「クリーンネットワーク」を形成するために、「クリーン企業」による横断的連携を図る方針を打ち出し、各国に参加を呼びかけている。
しかし、これらの取り組みの具体的な方法については、詳細が明かされていない。
米国務省は、既にHP上に「クリーン企業リスト(select 5G clean telecommunication companies)」を公表している。
5Gについては31の通信企業が「クリーン通信会社」として選定されている(8月31日現在)。
日本企業では、NTT、KDDI、楽天およびソフトバンクの4社が選定されている。今や多くの国・企業は「中国を選ぶか米国を選ぶか」の岐路に立たされている。
最後に、アジア外交に詳しい米戦略国際問題研究所(CSIS)のマイケル・グリーン氏は、時事通信のインタビューで、11月の米大統領選でトランプ大統領、ジョー・バイデン前副大統領のどちらが勝利しても、現在の対中強硬姿勢は維持されるとの見方を示した(時事ドットコムニュース2020年8月3日)。
筆者も同意見である。現在進行中の米中対立は、覇権国・米国と新興国・中国の覇権を巡る運命づけられた戦いである。一定の決着がつくまで覇権争いは継続するであろう。
また、米中対立が激化する中における日本の対応について、同氏は「韓国やシンガポールのような(米中どっち付かずの)戦略的曖昧性の追求は最悪のやり方だ。米国内で不信感を生み、中国は自身の圧力が働いていると考えるようになる。安倍首相は中国に対して、日米同盟は神聖で、決して離間できないという明確なシグナルを発している」と述べ、安倍首相は旗幟鮮明であると評価している。
筆者も全く同じ意見である。
筆者:横山 恭三